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勤務医が「開業しない」と決めたとき、 考えるべきお金のこと

医師のキャリアにおいて、「開業」は長らく成功の象徴として語られてきました。「いつかは自分のクリニックを」という言葉を、研修医のころから幾度となく聞いた方も多いのではないでしょうか。

しかし近年、その常識は大きく変わりつつあります。開業に必要な初期投資は1〜3億円規模に達することも珍しくなく、経営リスク・人材管理・患者集患・診療報酬改定への対応といった「医師以外の仕事」が膨大に発生します。開業しても経営が安定せず、多額の借入を抱えたまま60代を迎えるケースも、決して例外ではありません。

一方で、「開業しない」という選択にも、認識しておくべき課題があります。給与所得という単一の収入源への依存、累進課税による手取りの頭打ち、開業医と比べた場合の引退時の資産格差——これらを放置したまま60代を迎えることが、「開業しない」という選択の最大のリスクです。

つまり、「開業しない」と決めた瞬間から、それを補うための「代替戦略」を意識的に設計することが必要になります。本稿では、その設計に必要な5つの視点を具体的にお伝えします。


[ 視点 ] 「開業しない」という決断は、リスクを回避する守りの選択ではありません。雇用の安定・厚生年金・時間の自由という「勤務医の強み」を最大化しながら、収入の多様化と資産形成で豊かな老後を設計する、攻めの選択です。



目次[非表示]

  1. 1.まず整理する:開業医と「戦略的勤務医」の生涯資産比較
    1. 1.1.勤務医の収入が頭打ちになる理由と突破策
    2. 1.2.厚生年金は「生涯にわたる安定収入」の基盤
    3. 1.3.勤務医がプライベートカンパニーを持つべき3つの理由
  2. 2.「開業しない」勤務医の資産形成ロードマップ
  3. 3.今すぐ確認:「開業しない」勤務医のための資産形成チェックリスト
  4. 4.終わりに:「開業しない」という選択を輝かせるために

まず整理する:開業医と「戦略的勤務医」の生涯資産比較

「開業しない」選択を後悔しないためには、まず「開業した場合」との現実的な比較を把握することが重要です。開業医が圧倒的に有利なわけでも、勤務医が絶対に不利なわけでもありません。それぞれのモデルで60〜65歳時点の資産を比較すると、戦略の有無が決定的な差を生むことがわかります。


【開業医 vs 勤務医:キャリアモデル別の資産・リスク比較】

比較項目

開業医(成功モデル)

勤務医(戦略なし)

勤務医(戦略あり)

30〜60歳の生涯年収(税引前)

約5〜8億円

約4〜5億円

約4〜5億円

事業リスク

高い(倒産・経営不振リスク)

低い(雇用の安定)

低い(雇用の安定)

初期投資・借入

1〜3億円規模の借入が必要

不要

不要

手取りの増加余地

大きい(経費・報酬設計自由度)

限定的(給与所得のみ)

大きい(法人・投資で補完)

老後の年金

国民年金のみ(低水準)

厚生年金+国民年金

厚生年金+iDeCo+投資

65歳時の金融資産(目安)

2〜5億円(成功した場合)

3,000〜8,000万円

1〜2億円以上

引退後の選択肢

クリニック売却・承継

再雇用・非常勤・顧問

再雇用+投資収益・法人収益

※上記はモデルケースであり、個人の収入・支出・投資判断等により実際の数値は大きく異なります。開業医の「成功モデル」は、立地・診療科・経営手腕等によって大きく分かれます。


この表からわかる最も重要なポイントは、「戦略なしの勤務医」と「戦略ありの勤務医」の差です。同じ給与水準でも、法人活用・投資・節税を組み合わせることで、65歳時の金融資産は1〜2億円以上になりうる一方、何もしなければ3,000〜8,000万円にとどまる可能性があります。この差を生むのは「いくら稼ぐか」ではなく「どう設計するか」です。


考えること その1  収入の「壁」を正確に把握し、突破策を設計する


「開業しない」勤務医が最初に直面するのが、給与収入の「頭打ち感」です。専門医取得・部長職・大学院・教授職とキャリアを積んでも、給与の増加幅は限られており、「これ以上増やすには当直を増やすしかない」という壁に直面します。

勤務医の収入が頭打ちになる理由と突破策


収入の壁

内容・原因

限界を感じるポイント

「開業しない」勤務医の突破策

時給の上限

当直・外勤の掛け持ちで体力的な限界に到達

年収1,500〜2,000万円付近

副業(執筆・講演・コンサル)の法人化

累進課税の壁

増えた収入の40〜50%超が税金に消える

課税所得900万円超

iDeCo・ふるさと納税・法人での所得分散

役職収入の頭打ち

部長・教授になっても年収の増加幅は小さい

40〜50代のキャリア中盤

資産所得(不動産・配当)で補完

退職金の不足

勤務医の退職金は開業医の売却益に及ばない

定年・引退時

法人の退職金制度・小規模企業共済で積立

※上記の年収はあくまでも目安です。診療科・勤務地・経験年数・所属機関によって大きく異なります。


この壁を「開業すれば解決できる」と考えることは、一つの答えです。しかし同時に、「開業しなくても、収入の種類を変え・法人を使い・投資収益を加えることで壁を超えられる」ことも事実です。

特に重要なのが「所得の種類を変える」という発想です。給与所得は累進課税の直撃を受けますが、事業所得(副業・法人経由)・不動産所得・譲渡所得(投資の売却益)は、それぞれ異なる税務上の取り扱いを受けます。給与以外の収入源を意識的に設計することで、手取りの増加効率を高めることができます。


[ Point ] 「時給を増やす(当直を増やす)」のではなく、「収入の種類を増やす」ことが、勤務医の手取り最大化の本質です。体力の限界がある時給労働から、資産が働く「資本収益」への移行が、長期的な経済的自由につながります。



考えること その2  厚生年金という「隠れた資産」を最大限に活用する


「開業しない」勤務医の最大の強みの一つが、厚生年金への加入です。この点は、開業医(特に医師国保加入者)と比べると圧倒的な優位性があるにもかかわらず、多くの勤務医が正確に理解していません。

厚生年金は「生涯にわたる安定収入」の基盤

厚生年金は、65歳以降、生涯にわたって受け取り続けることができる年金です。開業医が国民年金のみの場合、65歳からの年金収入は夫婦合算で月約13万円程度ですが、厚生年金加入の勤務医であれば月約30〜40万円程度を受け取れるケースがあります。


【厚生年金の有無による老後収入の差:勤務医 vs 開業医】

老後収入の種類

勤務医(厚生年金加入)

開業医(国民年金のみ)

差額(勤務医の優位)

国民年金(基礎年金)

月約6.5万円(夫婦合算)

月約6.5万円(夫婦合算)

同水準

厚生年金(報酬比例部分)

月約13〜18万円(単身)

なし(0円)

月+13〜18万円

iDeCo(月2.3万円×30年)

約2,000〜2,500万円(運用益含む)

月6.8万円まで拠出可(開業医)

開業医の方が拠出上限大

65歳からの年金年収(目安)

約230〜290万円/年(厚生年金含む)

約78万円/年(国民年金のみ)

約150〜210万円/年の差

80歳までの累計受給額の差

約2,250〜3,150万円多く受給

※上記は概算です。実際の年金受給額は加入期間・標準報酬月額の履歴・受給開始年齢等によって異なります。「ねんきんネット」で個別の見込み額をご確認ください。


65歳から80歳までの15年間で、厚生年金の有無による累計受給額の差は2,000〜3,000万円以上に達することがあります。この差を「開業医は引退時にクリニックを売却して補える」という反論もありますが、クリニックの売却が順調に進む保証はなく、売却益の大部分が税金で消える場合もあります。

厚生年金への加入を「当たり前のこと」として軽視せず、これを老後資産の柱の一つとして意識的に組み込むことが、「開業しない」勤務医の老後設計の基本です。


[ i ] 厚生年金の受給開始を65歳から70歳・75歳に繰り下げることで、受給額を最大84%増額できます(2022年4月改正)。投資収益や不動産収入で65〜70歳の生活費を賄える場合、繰り下げ受給は非常に有効な戦略です。



考えること その3  収入を多様化して「給与依存」から脱却する


「開業しない」という選択の最大のリスクは、収入のすべてが「病院からの給与」一本に依存することです。万が一、勤務先の病院が経営難になったり、自身が病気や怪我で就労不能になったりした場合、収入は一気にゼロになります。開業医であれば、クリニックという「資産」が存在しますが、勤務医にはそれがありません。

この脆弱性を補うのが、収入の多様化です。給与以外の収入源を意識的に作ることで、「給与がなくなっても生活できる状態」に近づけることが、勤務医の資産形成における最重要テーマの一つです。


【勤務医が作れる「給与以外の収入源」一覧】

収入の種類

年収への寄与(目安)

始めやすさ

勤務医ならではのポイント

当直・外勤バイト

+100〜500万円

★★★★★(最も手軽)

体力的な限界あり。累進課税で効率が下がるため、法人化が有効

講演料・原稿料

+50〜300万円

★★★★☆

専門性が直接収益に。法人で受け取ると節税効果大

コンサルティング・顧問料

+100〜1,000万円

★★★☆☆

製薬・医療機器・ヘルスケア企業への顧問が増加中

収益不動産(賃貸収入)

+50〜500万円

★★★☆☆

医師の信用力で融資が通りやすい。法人保有で節税・相続対策も兼ねる

インデックス投資(配当・売却益)

資産規模次第

★★★★★

新NISAで最大1,800万円まで非課税。時間をかけて雪だるま式に増える

医療スタートアップへの出資

不確実だが上振れ大

★★☆☆☆

医師の知見を活かしたエンジェル投資。リスク分散が前提

※収入額はあくまでも目安です。専門領域・経験年数・地域・活動量等により大きく異なります。


特に注目していただきたいのが「収益不動産」と「インデックス投資」の組み合わせです。不動産は毎月の安定した賃料収入(インカムゲイン)を生み、インデックス投資は長期的な資産成長(キャピタルゲイン)を生みます。この2つを組み合わせることで、「毎月の生活費をカバーしながら、資産の総量も増えていく」という理想的な構造を作ることができます。


[ ! ] 収入の多様化を始める際、「一度に全部やろう」とすると挫折しがちです。まず最も手軽なiDeCo・新NISAの口座設定から始め、収益が安定してきたら法人設立・不動産投資へとステップアップすることをお勧めします。



考えること その4  プライベートカンパニーで「給与医師」の限界を超える


「開業はしないが、副収入はある」——講演料・原稿料・コンサルティング料・医療機器企業の顧問料などを受け取っている勤務医にとって、プライベートカンパニー(資産管理法人)の設立は、手取りを劇的に改善する最も有効な手段の一つです。

勤務医がプライベートカンパニーを持つべき3つの理由

第一の理由は、副収入への累進課税を回避できることです。年収1,500万円の勤務医が個人で追加の100万円を稼ぐと、限界税率43%が適用され手元には57万円しか残りません。しかし法人で受け取れば、法人税率(約23%)で課税され、内部留保として積み上げることができます。

第二の理由は、家族への所得分散が可能になることです。配偶者や成人した子を法人の役員として報酬を支払うことで、世帯全体の税負担を大幅に下げることができます。これは医師本人の給与収入だけでは絶対にできない節税手法です。

第三の理由は、退職金の積み立てができることです。法人内に蓄積した資産は、将来「退職金」として受け取ることができます。退職所得控除という大きな優遇税制を活用することで、長年かけて積み上げたキャッシュを低税率で個人に移転することが可能です。

  • 注意点:プライベートカンパニーの設立には、勤務先の副業規定の確認が必要です。医療行為(診療報酬)は法人に帰属させることができないため、法人の収入は非医療行為(執筆・講演・コンサルティング・不動産賃料等)に限られます。
  • 注意点:実態を伴わない取引・家族への不相当な報酬は、税務調査で否認されるリスクがあります。信頼できる医師専門の税理士との連携が不可欠です。

[ 視点 ] プライベートカンパニーは「開業しない代わりに経営者の視点を持つ」ための器です。法人という構造を持つことで、勤務医でありながら「経営者・投資家」としての財務感覚を日常的に養うことができます。



考えること その5  「開業しない」選択の損益分岐点を知り、ゴールを設計する


「開業しないことで、老後はどうなるのか」——この問いに正面から答えるために、シナリオ別の損益分岐点を確認しましょう。戦略の有無によって、60歳・65歳時点の資産と年間収入は大きく変わります。


【シナリオ別:60歳時の推定資産と65歳以降の年間収入比較】

シナリオ

60歳時の推定資産

65歳時の年間収入(目安)

「開業しない」判定

勤務医・節税なし・投資なし

3,000〜5,000万円

年金のみ:約230万円

要対策

勤務医・基本節税あり・iDeCo・NISA

6,000〜9,000万円

年金+投資収益:約350万円

安定圏に近い

勤務医+法人活用+不動産収入

1〜2億円

年金+不動産+投資:約600万円

開業医と同等以上

開業医(成功ケース)

2〜5億円(クリニック含む)

売却益+年金:変動大

成功すれば圧倒的優位

開業医(苦戦ケース)

借入残高が残る場合も

低水準(国民年金のみ)

リスクあり

※上記はすべて概算モデルです。個人の収入・支出・投資リターン・開業医の経営成績等により実際の数値は大きく異なります。


この表からわかる最も重要な事実は、「法人活用+不動産収入」を組み合わせた勤務医モデルが、65歳以降の年間収入において「開業医(成功ケース)」に近い水準を達成できるということです。一方、「開業医(苦戦ケース)」と比較すると、戦略的勤務医の方がむしろ安定的な老後を迎えられる可能性があります。

「開業しない」という選択が「劣った選択」ではなく、戦略次第で開業医以上の老後設計が可能であることをご理解いただけたでしょうか。


[ i ] 老後に必要な資産額の目安は「年間生活費 × 25(4%ルール)」で計算できます。例えば年間生活費が600万円であれば、1.5億円の金融資産があれば、年4%取り崩しても30年以上資産が続く計算になります(あくまで目安)。


「開業しない」勤務医の資産形成ロードマップ

「開業しない」と決めた勤務医が、30〜60歳にかけてどのような行動をとるべきかを、年代別に整理しました。これは一つの理想モデルであり、すべてを同時に進める必要はありません。現在の年齢と状況に合わせて、できるところから着手してください。


年代

目標資産額(目安)

資産形成の最優先行動

収入多様化の行動

リスク管理の行動

30〜34歳

500万〜1,000万円

iDeCo・新NISA満額積立の開始。生活防衛資金の確保

専門医取得・英語・MBA等のスキル習得

生命保険・就業不能保険の適正化

35〜39歳

2,000万〜4,000万円

不動産投資の検討開始。プライベートカンパニー設立の検討

副業(講演・執筆・コンサル)の収益化

保険の棚卸し。過剰な貯蓄型保険の整理

40〜44歳

5,000万〜1億円

法人内部留保の活用。複数の収入源の確立

法人設立による所得分散・節税の本格実施

住宅ローン繰上返済 vs 投資の最適化

45〜49歳

1億〜2億円

老後収支シミュレーション実施。出口戦略の設計

法人の事業拡大または承継の検討

相続対策・生前贈与・遺言書の準備

50〜60歳

2億円以上

資産の出口設計。分配型から守りの運用へ

法人の退職金設計・キャピタルゲインの確保

相続対策の完結。不労所得基盤の確立

※目標資産額はあくまでも参考値です。ライフプラン・生活水準・家族構成によって必要額は大きく異なります。


重要なのは「完璧なプランを立ててから始める」ではなく、「今すぐできることから着手する」ことです。30代であれば、iDeCo・新NISAの設定だけでも、20〜30年後の資産に数千万円単位の差をもたらします。

今すぐ確認:「開業しない」勤務医のための資産形成チェックリスト

以下のチェックリストで、現状の対策状況を確認してください。未チェックの項目が多ければ多いほど、「手を打つことで取り戻せる手取り・資産」が多く残っているということです。


確認事項

期待効果(年間)

難易度

iDeCo(月2.3万円)を満額拠出している

節税効果:年10〜13万円

低(口座開設のみ)

新NISAを年360万円フルで活用している

運用益の非課税(長期で数百万〜数千万円)

ふるさと納税の上限額まで寄附している

節税効果:年15〜30万円(年収次第)

副業収入(講演・執筆等)を法人で受け取っている

節税効果:年50〜300万円(収入規模次第)

中(法人設立要)

プライベートカンパニーで家族への所得分散をしている

節税効果:年100〜500万円

中〜高(専門家要)

収益不動産を保有し、減価償却で課税所得を圧縮している

節税効果:規模による(年50〜300万円)

中(物件選定・管理要)

老後の年金見込み額を「ねんきんネット」で確認している

老後設計の基礎情報として不可欠

低(5分で完了)

医師専門の税理士・FPに毎年相談している

複合的な節税・資産設計で年間数十〜数百万円の改善

低(相談のみ)


終わりに:「開業しない」という選択を輝かせるために

「開業しない」と決めることは、多くの医師にとって容易ではない選択です。

同僚が開業し、「あの先生は成功した」という話を聞くたびに、「自分の選択は正しかったのだろうか」と揺れる気持ちになることもあるかもしれません。

しかし、本稿でお伝えしてきたように、「開業しない」という選択は正しく設計すれば、開業医に劣らない——あるいはそれ以上の——経済的な安定と自由を実現できます。厚生年金という強固な老後収入の柱、雇用という安定した収入基盤、そして法人・投資・節税という設計ツールを組み合わせることで、「給与医師」の限界を超えることは十分に可能です。

大切なのは、「開業しない」という選択をした瞬間から、その選択を補完するための行動を意識的に始めることです。iDeCoの口座開設、ふるさと納税の上限確認、副業収入の法人化の検討——今日の小さな一歩が、20年後の資産形成の大きな差を生みます。

「開業しない」という選択を、後ろ向きな諦めではなく、前向きな戦略として輝かせるために。ご自身の医師人生を、ご自身の手で設計していただければ幸いです。

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※本記事の内容は、作成時点の制度・規制・規約・市況などの情報を基にして作成しております。改正等により記載内容の実施・実行・対応などが行え場合がございますので予めご了承ください。最新情報に基づいた内容などについては、「ご相談・お問い合わせ」ページからご確認いただけますと幸いです。

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