
医師の相続税対策:クリニック承継と資産管理会社
医師は一般的に高収入であり、長年にわたって蓄積された資産は相続時に多額の相続税が発生する可能性があります。特にクリニックを経営している開業医の場合、事業用資産や医療法人の出資持分なども相続財産に含まれるため、計画的な対策が欠かせません。本記事では、クリニック承継の方法や資産管理会社の活用など、具体的な対策について解説します。
目次[非表示]
- 1.医師が相続税対策を検討すべき理由
- 1.1.相続税の基礎知識
- 1.2.相続税の計算方法と申告期限
- 1.3.主な控除制度
- 2.医師特有の相続財産と評価上の留意点
- 2.1.クリニックの事業用資産
- 2.2.医療法人の出資持分
- 3.クリニック承継と相続税対策
- 3.1.個人クリニックの承継
- 3.2.医療法人の承継と認定医療法人制度
- 3.3.認定医療法人制度の手続きの流れ
- 3.4.役員退職金による出資持分評価の引き下げ
- 4.資産管理会社(プライベートカンパニー)の活用
- 4.1.プライベートカンパニーとは
- 4.2.相続税対策としてのメリット
- 4.3.設立時の注意点
- 5.MS法人(メディカルサービス法人)の活用
- 5.1.MS法人とは
- 5.2.相続税対策としての効果
- 5.3.MS法人活用時の注意点
- 6.小規模宅地等の特例の活用
- 7.生命保険を活用した相続税対策
- 8.生前贈与による資産移転
- 9.配偶者居住権の活用
- 9.1.配偶者居住権の仕組み
- 9.2.相続税対策としての効果
- 10.まとめ
医師が相続税対策を検討すべき理由
相続税は、被相続人の財産が基礎控除額を超える場合に課税される仕組みとなっています。現行の基礎控除額は「3,000万円+600万円×法定相続人の数」で計算されます。配偶者と子ども2人が相続人の場合、基礎控除額は4,800万円です。医師の場合、自宅不動産、預貯金、有価証券、クリニックの事業用資産などを合算すると、この金額を超えるケースは珍しくありません。
相続税の税率は累進課税となっており、国税庁によると、取得金額が1,000万円以下で10%、1億円以下で30%、6億円超で55%と定められています。高額な資産を保有する医師の場合、相続税の負担が数千万円から数億円に達することも想定されるでしょう。開業医はクリニックの事業用資産や医療法人の出資持分も相続財産に含まれるため、より綿密な計画が求められます。
相続税の基礎知識
相続税対策を検討するにあたり、まずは相続税の仕組みについて理解しておく必要があります。以下では計算方法や主な控除制度について解説します。
相続税の計算方法と申告期限
相続税は、被相続人の遺産総額から基礎控除額を差し引いた「課税遺産総額」に対して課税されます。遺産総額から非課税財産や債務を差し引き、相続開始前7年以内に贈与された財産を加算して課税価格を算出する仕組みです。申告・納税期限は、相続開始があったことを知った日の翌日から10か月以内となっています。
主な控除制度
相続税には税負担を軽減する控除制度が用意されています。代表的なものとして配偶者の税額軽減があります。配偶者が取得した財産のうち、法定相続分または1億6,000万円のいずれか大きい金額までは相続税が課されません。このほか、未成年者控除や障害者控除なども活用できるでしょう。
医師特有の相続財産と評価上の留意点
開業医の相続においては、一般的な財産に加えて事業用資産や医療法人の出資持分など、特殊な財産が含まれます。これらの評価方法について解説します。
クリニックの事業用資産
個人でクリニックを経営している場合、土地・建物、医療機器、医薬品在庫、診療報酬の未収金などが相続財産に含まれます。土地は路線価方式等で評価され、建物は固定資産税評価額を基準に評価されます。医療機器は取得価額から減価償却費を控除した金額が目安となるでしょう。
医療法人の出資持分
平成19年3月31日以前に設立された医療法人の多くは「出資持分あり」の形態であり、この出資持分は相続税の課税対象となります。厚生労働省によると、これらは「経過措置医療法人」と呼ばれています。評価は取引相場のない株式の評価方法に準じて行われ、医療法人は配当が禁止されているため内部留保が蓄積されやすく、評価額が高額になる傾向があります。
クリニック承継と相続税対策
クリニックの事業承継は、地域医療の継続という公益的な側面も持っています。個人クリニックと医療法人それぞれの承継方法について解説します。
個人クリニックの承継
個人でクリニックを経営している場合、事業承継は「現院長の廃業」と「後継者の開業」という形をとります。許認可や契約は自動的に引き継がれないため、保健所への届出等が必要となります。事業用資産は相続、贈与、または売買によって移転し、「個人版事業承継税制」を活用することで事業用資産に係る税負担を軽減できる場合もあるでしょう。
医療法人の承継と認定医療法人制度
医療法人の場合、理事長を交代するだけでスムーズに事業承継を行えます。ただし、出資持分ありの医療法人は、持分の移転に伴う税負担が問題となります。この課題を解決する手段として「認定医療法人制度」があり、持分なし医療法人へ移行する計画を策定し厚生労働大臣の認定を受けることで、移行時のみなし贈与税が非課税となります。
国税庁によると、認定医療法人については相続税の納税猶予も受けられ、持分を放棄すれば猶予税額が免除されます。認定申請期限は令和8年12月31日までとされています。
認定医療法人制度の手続きの流れ
厚生労働省によると、認定医療法人制度を利用する場合の手続きは次のとおりです。まず、社員総会において移行計画の申請および定款変更について決議を行います。その後、必要書類を厚生労働省に提出し、認定を受けます。申請から認定までは通常3~6か月程度を要するでしょう。
認定後は5年以内に持分なし医療法人への移行を完了する必要があります。移行完了後も6年間は運営状況を厚生労働省へ報告する義務があり、認定要件を維持しなければなりません。要件を満たさなくなった場合は認定が取り消され、猶予されていた税額を納付することになるため注意が必要です。
役員退職金による出資持分評価の引き下げ
持分なし医療法人への移行を選択しない場合は、役員退職金の支給により出資持分の評価額を引き下げる対策が有効です。退職金を支給することで医療法人の利益と純資産が減少し、出資持分の評価額が下がります。
役員退職金の適正額は「最終報酬月額×役員就任年数×功績倍率」で算定されることが一般的です。功績倍率は理事長で3.0程度が目安とされています。ただし、過大な退職金は税務上損金として認められない可能性があるため、顧問税理士と相談のうえ適正額を設定することが重要でしょう。
資産管理会社(プライベートカンパニー)の活用
医師の相続税対策として、資産管理会社を設立する方法があります。勤務医・開業医を問わず活用でき、所得税の節税効果に加えて相続対策としても有効に機能します。
プライベートカンパニーとは
プライベートカンパニーとは、個人の資産管理を目的として設立する法人のことで、株式会社や合同会社の形態で設立されます。勤務医の場合、講演料や原稿料など医療行為以外の収入をプライベートカンパニーの売上として計上できる場合があります。個人の所得税率(最高55%)よりも低い法人税率(最高約30%)の適用を受けられる可能性があるのです。
相続税対策としてのメリット
不動産や有価証券を法人名義にすることで、個人の相続財産から除外できます。法人の株式を計画的に後継者へ移転することで、暦年贈与の基礎控除(年間110万円)を活用しながら資産承継が可能です。配偶者や子どもを役員に就任させ適正な報酬を支払うことで、家族全体での所得分散も実現できるでしょう。
設立時の注意点
法人設立には初期費用(株式会社で約25万円)がかかり、顧問税理士報酬や法人住民税の均等割など維持コストも発生します。勤務先が副業を禁止している場合は就業規則の確認が必要で、公務員として働く医師は公務員法による制限にも注意が必要です。
MS法人(メディカルサービス法人)の活用
医療法人を運営している場合、MS法人の設立も相続税対策として検討できます。MS法人の仕組みと活用方法について解説します。
MS法人とは
MS法人(メディカルサービス法人)とは、医療法人が行えない事業を担う目的で設立される株式会社や合同会社の通称です。医療法人は非営利性が求められ事業範囲に制限がありますが、MS法人は一般の営利法人として自由に事業を展開できます。医療事務の受託、不動産の賃貸、医療機器のリース、売店運営などの業務を行うことが一般的でしょう。
相続税対策としての効果
MS法人を活用することで、医療法人に蓄積される利益の一部をMS法人に移転できます。医療法人からMS法人への業務委託料や賃借料の支払いにより、医療法人の内部留保を抑制し、出資持分の評価額上昇を防ぐ効果が期待できるのです。
また、後継者や親族をMS法人の役員・従業員として雇用し、給与や役員報酬を支払うことで実質的な生前贈与となります。MS法人の株式は医療法人の出資持分と異なり自由に譲渡できるため、後継者への資産移転も柔軟に行えるでしょう。
MS法人活用時の注意点
医療法人とMS法人の取引は、適正な対価で行う必要があります。取引価格が不相当な場合、税務調査で否認されるリスクがあるため注意が必要です。また、医療法上、医療法人の理事がMS法人の代表者を兼務することには制限があり、配偶者など親族を代表者とするケースが多くなっています。
小規模宅地等の特例の活用
「小規模宅地等の特例」を適用することで、一定の宅地等について相続税評価額を最大80%減額することが可能です。国税庁によると、被相続人の事業用または居住用に供されていた宅地等が対象となります。
特定居住用宅地等は330平方メートルまで80%減額、特定事業用宅地等は400平方メートルまで80%減額されます。クリニックの敷地は「特定事業用宅地等」に該当する可能性があり、後継者が申告期限までに事業を引き継ぎ継続していれば特例を受けられます。両者は併用可能で、合計730平方メートルまで80%減額を受けられる可能性があるでしょう。
生命保険を活用した相続税対策
生命保険は相続税対策として広く活用されています。国税庁によると、相続人が受け取る死亡保険金には「500万円×法定相続人の数」の非課税枠があり、この金額までは相続税が課されません。法定相続人が3人の場合、非課税限度額は1,500万円となります。
また、生命保険は被保険者の死亡後に比較的短期間で支払われるため、納税資金として活用しやすいという特徴があります。死亡保険金は受取人固有の権利として受け取るものであり、原則として遺産分割の対象とはなりません。クリニックを承継する子どもには事業用資産を、他の子どもには保険金という形で代償財産を確保する方法も有効です。
生前贈与による資産移転
生前贈与により将来の相続財産を減らすことで、相続税の負担を軽減できます。贈与税には年間110万円の基礎控除があり、この金額までは贈与税がかかりません。ただし、令和6年1月1日以降の贈与から加算対象期間が順次延長され、最終的に相続開始前7年以内となるため、早い段階から計画的に進めることが重要です。
相続時精算課税制度は、60歳以上の親から18歳以上の子への贈与について累計2,500万円まで贈与税を課さず、相続時に精算する制度です。令和6年以降は年間110万円の基礎控除が新設され、この部分は相続財産にも加算されません。どちらの制度が有利かは個別の状況によるため、専門家への相談をお勧めします。
配偶者居住権の活用
令和2年4月1日以降の相続から、配偶者居住権を設定できるようになりました。この制度を活用することで、二次相続時の相続税負担を軽減できる可能性があります。
配偶者居住権の仕組み
配偶者居住権とは、被相続人が所有していた自宅に、配偶者が終身または一定期間住み続けることができる権利です。この制度により、自宅の権利を「居住権」と「所有権」に分離できます。配偶者は居住権を取得することで住む場所を確保しつつ、預貯金など他の財産も相続しやすくなるのです。
相続税対策としての効果
配偶者居住権は、配偶者の平均余命や建物の残存耐用年数をもとに評価されます。一次相続では配偶者居住権と所有権の両方に相続税が課税されますが、配偶者が亡くなる二次相続の際には居住権が消滅し、所有権者に権利が移転します。
この二次相続時には配偶者居住権に対する相続税が課税されないため、結果として相続税の負担軽減につながる場合があります。
ただし、配偶者居住権を設定すると小規模宅地等の特例を最大限に活用できない場合もあるため、個別の状況に応じて専門家に相談することが重要です。
まとめ
医師の相続税対策は、高収入による資産の蓄積やクリニックの事業用資産、医療法人の出資持分など、さまざまな要素を考慮する必要があります。個人クリニックと医療法人では承継方法や税務上の取り扱いが異なり、認定医療法人制度や役員退職金の活用により相続税の課題を解決できる場合があるでしょう。
資産管理会社やMS法人の設立、小規模宅地等の特例、生命保険の非課税枠、生前贈与、配偶者居住権など、活用できる制度は複数存在します。これらを組み合わせて総合的に対策を講じることが効果的です。相続税対策は早い段階から準備を始め、税理士などの専門家に相談しながら進めていくことをお勧めします。
参考文献
国税庁「No.4155 相続税の税率」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4155.htm
国税庁「No.4150 医療法人の持分についての相続税の納税猶予の特例」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4150.htm
国税庁「No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4124.htm
国税庁「No.4114 相続税の課税対象になる死亡保険金」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4114.htm
国税庁「No.4666 配偶者居住権等の評価」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hyoka/4666.htm
厚生労働省「持分の定めのない医療法人への移行計画の認定申請について(認定医療法人制度)」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000205627.html
厚生労働省「持分の定めのない医療法人への移行に関する手引書」
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000940229.pdf
政府広報オンライン「相続税はいくらから?基礎控除とは?相続税の基本を確認!」
https://www.gov-online.go.jp/article/202407/entry-6250.html
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